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【新・関西笑談】リヤカーマン世界を歩く(2)冒険家 永瀬忠志さん(産経新聞)

 ■気温54度のオーストラリア 「やめたい」でも終わると寂しい。

 −−日本を徒歩縦断した後、一番初めに行かれたオーストラリアの思い出

 永瀬 オーストラリアは広いというのと、後は暑かったことが印象に残っています。真夏のオーストラリアでしたが、想像以上の暑さに苦しめられました。50までの目盛りがある寒暖計を日本から持っていきましたが、一番暑かった日でその50度の目盛りを超えちゃいまして。あと目分量ですが、54度まで気温が上がった日がありました。

 −−何と、54度ですか

 永瀬 北の砂漠から熱風が吹いてきて、リヤカーの鉄パイプも熱せられ、手で触ったら「あちっ」て声を出すくらいの熱さになってました。熱風の方に顔を向けると、「熱う」って顔を背けてしまう。水で体を冷やそうと思い、水筒の水を頭からかぶると、水が風呂の湯くらいの温度になっていて全然涼しくなく、「いい湯加減だな」と思うくらい。こんな旅は二度とするもんか。早く終わって日本に帰りたい。その一心で歩いているという始末でした。

 −−オーストラリアは東海岸のシドニーから、西海岸のパースまでの横断でしたね

 永瀬 はい。西海岸目指して歩いたんですが、パースまで残り100キロくらいで先が見えてきたとき、明日か明後日にこの旅が終わっちゃうという、どういう訳か心境の変化が起きました。早くやめたかった旅でしたが、「本当に終わっちゃうんだな」という寂しい気持ちがわいてきたんです。旅が終わるうれしさと、本当に終わってしまうんだという寂しさと、半分半分くらいの複雑な気持ちのままパースに着き、100日間の旅を終えました。

 −−海外での第一歩が自信につながったのですね

 永瀬 子供のころ、テレビを見たり、本を読んだりして、一度アフリカへ行ってみたいと思っていたんですよ。一生の内、一度行けるかな、行けたらいいなぐらいにしか思っていなかったんですが、オーストラリアを歩いた後、アフリカも歩けるかもしれないと思い、それからアフリカへ行く準備を始めました。

 −−アフリカといわれますが、危険を伴うのでは

 永瀬 そうですね。モンバサというケニアの海岸の町を出発したんですが、そこからケニアの首都、ナイロビまで歩いてゆき、そこで日本人からだいぶ引き留められました。「危険だからやめなさい」と。途中でライオンなど猛獣と出会うかもしれないし、病気になる確率が高いという。あのとき、現地事情を知る人が5人集まっておられたんですが、ここにいる人間の中で君の計画が最後まで全うできるというか、目的地まで行けると思っている人は1人もいない。99・99%の確率で行けない、と説得を受けました。

 −−無理からぬ話です

 永瀬 「どうして歩いていこうとするのか」と質問されたとき、ふっと頭に浮かんだのは、「また歩こう」と思った瞬間。ナイロビまでの道中で、現地の人から生卵の差し入れをもらうなど、励ましを受けた話をした。すると、旅の緊張感を思いだし、5人の人たちに囲まれながらも泣いちゃったんです。これからまだ1年くらい歩いていかねばならない。何があるんだろうっていう不安感もあった。もうなんだか悲しくて泣いちゃったんです。(聞き手 谷田智恒)

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